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東京地方裁判所 昭和61年(特わ)2900号 判決

本籍

東京都千代田区岩本町二丁目二番地

住居

同都台東区東上野一丁目一四番九号

飲食業

中島昭次

昭和四年八月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都台東区東上野一丁目一四番九号に居住し、同区上野四丁目一番五号において「味の道」、同丁目八番一五号長谷川ビル二階において「くいしんぼう」、同丁目九番三号早田ビル地下において「通の店」の各名称で中華そば店を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右各店の売上げを除外して仮名の定期預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  昭和五七年分の実際総所得金額が三四五〇万三六一二円あった(別紙1修正貸借対照表参照)のにかかわらず、同年分の所得税の納期限である同五八年三月十五日までに、同区東上野五丁目五番一五号所在の所轄下谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同五七年分の所得税一五二六万五〇〇〇円(別紙4の(1)税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五八年分の実際総所得金額が三九三四万一五三円あった(別紙2修正貸借対照表参照)のにかかわらず、同年分の所得税の納期限である同五九年三月一五日までに、前記下谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、同五八年分の所得税一八一五万七六〇〇円(別紙4の(2)税額計算書参照)を免れ

第三  昭和五九年分の実際総所得金額が二六七〇万三七二六円あった(別紙3修正貸借対照表参照)のにかかわらず、同年分の所得税の納期限である同六〇年三月一五日までに、前記下谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、同五九年分の所得税一〇五六万七七〇〇円(別紙4の(3)税額計算書参照)免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(三通)及び収税官吏に対する質問てん末書(三通)

一  千代田区長作成の戸籍謄本

一  証人角田益雄及び同中島弘の当公判廷における各供述

一  浦一生及び橋本きよ子(謄本)の検察官に対する各供述調書

一  霜田眞治の司法警察員に対する供述調書(謄本)

一  増井敏夫(問四の問答を除く)、霜田眞治、杉田タミ並びに中島弘の昭和六一年一月一七日付(問六、問八、問一五、問一六の各問答を除く)、同年四月二日付(問八、問一二の問答を除く)及び同年六月九日付(問三ないし問五、問一八の問答を除く)収税官吏に対する各質問てん末書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  現金調査書

2  普通預金調査書

3  定期預金調査書

4  期末棚卸商品調査書

5  前払金調査書

6  建物調査書

7  造作調査書

8  什器・備品調査書

9  借入金調査書

10  買掛金調査書

11  未払金調査書

12  未払源泉税調査書

13  (有)弘栄商事勘定調査書

14  (株)中島ビル勘定調査書

15  熱海勘定調査書

16  事業主勘定調査書

17  申告不要所得調査書

18  元入金調査書

19  所得控除調査書

20  所得の帰属調査書(二頁、四頁ないし六頁を除く)

一  検察事務官作成の捜査報告書(三通)、判決書謄本及び電話聴取書

一  登記官作成の商業登記簿謄本(二通)及び不動産登記簿謄本(二通)

一  被告人作成の申述書

一  国税査察官作成の査察官報告書三通

一  押収してある済普通預金通帳(富士/上野、No.791059(有)弘栄商事)一冊(昭和六二年押第七五五号の1)、済普通預金通帳(荒川信金/上野、No.147303(有)弘栄商事)一冊(同押号の2)、済総合口座通帳(荒川信金/上野、No.164220中島昭次)一冊(同押号の3)、済総合口座通帳(富士/上野、No.876593中島昭次)一冊(同押号の4)、登記簿謄本一袋(同押号の5)、休業届一袋(同押号の6)

(争点に対する判断)

弁護人は、中華そば店「味の道」「くいしんぼう」「通の店」を経営しているのは有限会社大雄商事(以下「大雄商事」という。)であり、したがって、その所得は、被告人個人ではなく、大雄商事に帰属するものであるから、これを被告人の所得として所得税法違反に問擬するのは誤りである旨主張するので、以下検討する。

一  関係証拠を総合すれば、次の事実が認められる。

1  店の歴史など

被告人は、昭和四〇年一〇月ころ、台東区上野四丁目一番五号に「えぞ富士」の屋号で中華そば店を開業し(以下「本店」という。現在の「味の道」である。)、同四二年ころ、同区上野四丁目八番一五号長谷川ビル二階に「えぞ富士中通り店」(以下「中通り店」という。現在の「くいしんぼう」である。)を、同四三年秋ころ、同区上野四丁目一番七号に「御徒町餃子センター」(以下「餃子センター」という。)を、同四五年秋ころ、同区上野四丁目九番三号早田ビル地下に支店(以下「三平店」という。現在の「通の店」である。)をそれぞれ開店したこと、同四六年一月、被告人を代表取締役として大雄商事が設立され、それらの店は、いわゆる法人成りしたこと、その後、被告人と妻きよ子が離婚するのに伴って被告人らの財産の分与を行うこととなり、同五四年三月、被告人、きよ子及び三人の子の間で、前記四店舗中、三平店のみを被告人が経営することとし、他の三店舗(本店、中通り店、餃子センター)は、三人の子に譲渡することなどを内容とする合意が成立し、次男弘は、同五四年四月、有限会社弘栄商事(以下「弘栄商事」という。)を設立し、右三店舗は同会社が経営するに至ったこと、同五五年九月、被告人が元妻の橋本きよ子、長男章、弘、三男淳らによって監禁されるという事件が発生し、きよ子、弘及び淳は公訴提起されたなどの事情から、同年一二月、被告人と橋本きよ子、中島章、中島弘、中島淳の間で覚書が取り交され、弘栄商事を解散して、前記三店舗を被告人に返還することなどを合意したこと、弘は、同五六年五月二五日付文書で、税務署に対し、同年四月三〇日をもって弘栄商事を休業する旨の届出をしたこと、餃子センターは、同年三月ころ、被告人によって閉鎖され、同五七年一月一日から同五九年一二月三一日までの本件起訴対象年中は、他の三店が経営されていたこと、被告人は、同五八年四月、大雄商事の取締役中島きよ子の抹消登記手続を行ったこと、等が認められる。

2  「味の道」「くいしんぼう」及び「通の店」の経営の実態など

(一) 昭和五七年一月から同五九年一二月当時の三店舗当時の営業の状況等をみると、三店舗の仕入は、花道、田中、鈴木、山田、佐藤、山本、池田の仮名の店名又は個人名で行われ、大雄商事の名称で仕入れたことはないこと、売上金は帳簿に記帳されることもなく、太陽神戸銀行上野支店(以下「太陽神戸/上野」という。)の被告人個人名義及び仮名の各普通預金口座に入金され、更に、被告人の指示により仮名の定期預金に移し変えられて管理されていたこと、大雄商事名義の普通、当座及び定期の各預金口座は開設されていなかったこと、各店舗の仕入先に対する支払及び従業員に対する給料等の支払は、被告人の片腕である霜田眞治が支払明細書を太陽神戸/上野の浦一生あてに提出し、更に浦が被告人の指示をあおいで、被告人名義又は仮名の預金口座から現金で払い戻し、それを霜田に渡して各仕入先等に支払っていたこと、大雄商事の名義で、仕入帳、金銭出納帳、売上帳等の諸帳簿が一切作られていないこと、大雄商事の印鑑がなかったこと、そのせいもあって、会社名で領収証を作成したことがなかったこと、被告人は昭和五九年五月、静岡県熱海市渚町に中華そば店を経営するなどのために土地建物を取得しているが、被告人は当公判廷でこの店は会社で経営したいと思っていた旨供述していること、しかし、当該土地建物の売買契約は、被告人個人が買主として締結され、不動産登記も被告人個人を所有者として登記されていること、なお、大雄商事名義で各法定納期限までに法人税の確定申告が行われていないこと、等が認められる。

(二) これに対し、三店舗が大雄商事で経営されていた昭和五四年三月までの状況をみると、材料の仕入は、店の屋号又は大雄商事の名で行われていたこと、店の仕入、金銭の出入等は、中島きよ子により大雄商事名義の帳簿に記帳されていたこと、店の売上金は、大雄商事の預金口座があり、そこで、大雄商事の法人税の確定申告が行われたこと、等が認められる。

二  中華そば店の経営による所得が、被告人個人に帰属するのか、それとも大雄商事に帰属するのかという点は、実質所得者課税の原則(所得税法一二条、法人税法一一条)の趣旨に照らせば、大雄商事という法人が法律上存在するか否かではなく、その所得が大雄商事の企業活動によって得られたものであるのか否か、ということを基準として判断すべきであると解されるところ、前記認定事実、とりわけ、被告人が本件売上を生み出した三店舗を経営するに至った経緯、昭和五四年三月以前と、同五六年四月以降の三店舗の仕入及び売上金の管理方法等の相違、大雄商事名義の銀行口座の有無、法人としての記帳義務の履行状況等を総合すれば、本件起訴対象年当時、本件中華そば店を経営していたのは大雄商事ではなく、被告人個人であり、したがって、そこから生じた所得は被告人個人に帰属すると認めるのが相当である。

したがって、弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

五  刑の執行猶予(懲役刑つき)

刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、中華そば店を営んでいた被告人が、売上金を仮名預金にするなどして所得を秘匿したうえ、申告を行わないで、三年分の所得税合計四三九九万円余をほ脱した事案であって、その額が高額である点及び税務調査の契機すら与えにくい無申告ほ脱犯である点で犯情悪質である。被告人は、昭和四〇年ころからサッポロラーメンの草分けとして中華そば店の経営を始め、同四六年には有限会社大雄商事を設立して法人成りを果たし、経営を継続していたが、前記争点に対する判断の項で述べた経緯から、本件起訴対象年の昭和五七年から同五九年の三か年は被告人個人で営業をしていたものである。同五六年に次男弘の経営する有限会社弘栄商事から店舗の返還を受けることになったのに伴い、同会社の借入金約一二〇〇万円を被告人が弁済することになったことなどから、早く借金を返したい、また、税金を払いたくないなどと考えたことから、本件犯行に及んだものである。ほ脱の具体的方法をみると、売上金を被告人の実名口座と仮名口座に分散して入金したうえ、払い戻しを受けて多数の仮名の定期預金にして隠匿していたもので、売上を把握されないようにするため、架空人名義で材料を仕入れたり、売上伝票を取引銀行の行員に指示して破棄させたり、仕入先に対する支払は現金払とするなどしていたものである。このような点を総合すると、本件犯行の態様は巧妙かつ悪質であり、加えて、本件で隠匿した所得は、借入金額を大巾に上回る一億円余に上っていることなどをも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

しかしながら他方、銀行預金を仮名にした動機の一つには、被告人の複雑な家族関係が背景にあって、自らの財産を元妻及び実子から保全するということが出発点であったこと、本件三年分について期限後申告して、各本税を完納したこと、現在では中華そば店の経営を大雄商事に戻し、本件を反省して、売上伝票に一連番号を付して売上除外を防止するとともに、顧問の税理士に被告人の良き理解者を迎えて、今後は所得税及び法人税とも正しく申告納税する旨誓っていること、同税理士も被告人を指導監督する旨述べていること、被告人は、これまで真面目に働き、前科前歴もないことなど、被告人に斟酌すべき事情も認められるので、これらを総合考慮して、今回は懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり量定した。

(求刑 懲役一〇月及び罰金一五〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木浩美)

別紙1 修正貸借対照表

中島昭次

昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙2 修正貸借対照表

中島昭次

昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙3 修正貸借対照表

中島昭次

昭和59年12月31日

〈省略〉

別紙4

(1)税額計算書

中島昭次

(昭和57年分)

〈省略〉

計算式 34,175,000×60%-5,240,000=15,265,000

(2)税額計算書

中島昭次

(昭和58年分)

〈省略〉

計算式 38,996,000×60%-5,240,000=18,157,600

基礎控除 300,000円とあるのは昭和58年分の所得税の臨時特例等に関する法律第3条による。

(2)税額計算書

中島昭次

(昭和59年分)

〈省略〉

計算式 26,344,000×55%-3,921,500=10,567,700

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